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2013年12月30日

とりあえず、三吉狐

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三吉狐(さんきちぎつね)

茨城県土浦市に伝わる化け狐で、
「おきつ狐」という雌の狐と一緒に出ることもあるという。

霞ヶ浦周辺で、一日迷わせたり、
雪の中で頭を叩いたり等の悪戯をするが、
豪胆な人は避けるといわれている。

殺したり、
死にそうな目にはあわせないといわれているが、
棲家の近くを通った、
母親に背負われた赤子を殺した事もあるといわれる。

また、千葉県南房総市にも
「野房(のぼう)の三吉狐」
と呼ばれる狐がいたという。

野房で通行人を化かしていたが、
お玉という人間の女性と恋仲になり、
獣と人では添い遂げられない事から、
館山市船形の丸山岬から、
共に身を投げたといわれている。

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2013年12月29日

とりあえず、画本纂怪興(リクエスト) 鯰坊主

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鯰坊主(なまづぼうず)

森島中良著『画本纂怪興(えほんさんがいきょう)』にある妖怪。

国書刊行会刊『森島中良集』から解説を引用する。

「日向国宮崎(ひゅうがのくにみやぎ)のわたりに此魚あり。
 十方内入道(とほうもないにうどう)といへる者、
 破壊の罪によりて、かくあさましき姿となりたるよしなり。
 彼『宇治拾遺物語』に記せる、
 出雲寺の別当が鯰になりたる類ならんか。
 市川のひつ立〔つ〕波の底に居て鯰坊主の声ぞおそろし 荷造早文」

「鯰坊主」は歌舞伎の役柄の一つで、
『暫』に登場するという「鹿島入道」の通称で
「鯰隈」というヒゲがまるで鯰の様な隈取をする。

「日向国宮崎」は現在の宮崎県で、
「破壊」は「戒律を破った」という事。

『宇治拾遺物語』の話は、
現別当が、父である前別当が鯰になり、
川に放して欲しいと願う夢を見た。

夢で見た鯰を見つけたが、
美味そうなので構わず食べてしまうが、
骨が喉に刺さり死んでしまった、
という話である。
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2013年12月28日

とりあえず、画本纂怪興(リクエスト) 棒だら

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棒だら(ぼうだら)

森島中良著『画本纂怪興(えほんさんがいきょう)』にある妖怪。

国書刊行会刊『森島中良集』から解説を引用する。

「唐人之寝言に曰
 「呀ダラ棒ダラ(ふわだらぼうだら)やあダラ棒だら、
  沖中船頭(おきなかせんどう)あんぽん丹」
 と云。
 タラ・安本丹(あんぽんたん)、
 ともに魚(うを)の名なり。
 されば魚服(ぎょふく)に葬らるゝ船幽霊をいたみ、
 その唱歌(せうが)なるべし。
 ぼうだらにあたり近所はあきはてぬ折々人の生ぎもをぬく 五月雨兼古」
(「タラ」「ダラ」の字は「大」の下に「口」)

荒波に揺れる船とその横に、
ワニのような魚のような姿をしたものが描かれている。

「棒だら」は
「鱈を三枚におろし、干したもの」であるが、
他に「酔っ払い・役立たず」という意味もある。

「唐人之寝言」は
「わけのわからないことを言う」という意味。

「あんぽんたん」は
「愚か者」という意味で、
「カサゴ」の一種が江戸時代に「あんぽんたん」と呼ばれていたという。

大きい割に美味しくない魚だったという事から
「あんぽんたん」と呼ばれていたという。

「魚腹に葬らる」とは
「魚の餌になった――つまり水死の事」。

水死した人が船幽霊となるので、
その供養に「呀ダラ棒ダラ〜」を唄うというが、
わけのわからない言葉に効果があるのだろうか。
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2013年12月27日

とりあえず、画本纂怪興(リクエスト) 折目高

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折目高(おりめだか)

森島中良著『画本纂怪興(えほんさんがいきょう)』にある妖怪。

国書刊行会刊『森島中良集』から解説を引用する。

「石部金吉(いしべきんきち)といへる武士(もののふ)、金兜をかぶりて死す。
 其霊魂、折目高尾の山に住で、時としておそろしき姿に現ずとなん。
 半月も人の居つがでいやがるは化せうやしきと折目高には 埒秋兼」

鼻や後頭部、
二の腕や足のひざ裏、
着物のあちこちに目のついた侍のような姿で描かれている。

「折目高」とは
「袴などの折り目がきちんと現れている・礼儀作法を重んじ、きちんとしているが、肩ぐるしい」
という事。

「石部金吉」は
「頭の固い人」で
「石部金吉金兜」で金兜をかぶせたような人
――なおさら頭の固い人となる。

「折目高尾の山」は
「折目高」と「高尾の山」を掛けた言葉。

「化せうやしき」は「化生屋敷」で「お化け屋敷」の事で、
お化け屋敷や頭の固い人と、半月も一緒にいたら嫌になる、という事。

とても頭の固い人は、死んだ後にこの妖怪になるのだろうか。
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2013年12月26日

とりあえず、画本纂怪興(リクエスト) 三日坊主

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三日坊主(みっかぼうず)

森島中良著『画本纂怪興(えほんさんがいきょう)』にある妖怪。

国書刊行会刊『森島中良集』から解説を引用する。

「友ぞめき三日ぼうずといへる妖怪あり。
 「清書(きよがき)の一度め小僧と姿を変じ、
 たちまち秋風に乗じて天上せしを、目(ま)のあたりに見たる」
 と、武部源蔵が記録に筆せり。
 うそ吹〔き〕し虎より人のいやがるは三日坊主のおこす秋風 山鳥長男」

巨大な笠をかぶった小僧が
「清書せいし」と書かれた帳簿を手に、
雨の中を歩いている姿で描かれている。

「三日坊主」は
「すぐ飽きて三日も続かない人の事」。

「友ぞめき」は
「友と騒ぐ」。

「秋風」は秋を飽きに掛けて
「愛情がさめる」、
「うそ吹き」は
「動物が吠える」という意味。

吠える虎より、
三日坊主によって愛情が冷める方が皆嫌がる、
という事。

人を三日坊主にする妖怪なのだろう。
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2013年12月25日

とりあえず、画本纂怪興(リクエスト) がらくた

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がらくた

森島中良著『画本纂怪興(えほんさんがいきょう)』にある妖怪。

国書刊行会刊『森島中良集』から解説を引用する。

「死損ひ(しにぞこない)のへぼくた、
 化してがらくた親仁となる。
 用に立〔た〕ぬがらくた親仁かうをへて後は其〔の〕家の邪魔となるなり 調面畏」

よぼよぼの爺が
つまみ食いをしているような姿で描かれている。

「がらくた」は
「価値のない物、および役に立たない物」

「へぼくた」は
「くたびれている」
「かうをへて」は
「長い年月を経て」。

隠居した後何もしないようなした人は、
ただ居るだけの邪魔な妖怪になるということだろうか。
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2013年12月24日

とりあえず、画本纂怪興(リクエスト) 山の主

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山の主(やまのぬし)

森島中良著『画本纂怪興(えほんさんがいきょう)』にある妖怪。

国書刊行会刊『森島中良集』から解説を引用する。

「前世にしては餓鬼大将、此世に生れて山の主となる。
 手におへぬ化物なり。
 七里これを憎むなり。
 我ひとり山の主なるかぶつきりとかく子供を追欠〔け〕るなり 紀信俊」

頭の頂点が皿のようになっているおかっぱ頭の子供が、
逃げる子供を追いかけている。

「餓鬼大将」は「お山の大将」とも呼ばれることから、
生まれ変わりが山の主になったのだろう。

「お山の大将」は遊びの一種でもあり、
山の頂上にいる大将が、
上ってくる子供を突き落とそうとする遊びである。

「かぶつきり」は
「禿切り――結ばずに肩のあたりで切りそろえている髪型」の事。

お山の大将でいるために、
上ってくる子供を突き落とそうとするのだろう。
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2013年12月23日

とりあえず、画本纂怪興(リクエスト) へまむし与入道

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へまむし与入道(へまむしよにゅうどう)

森島中良著『画本纂怪興(えほんさんがいきょう)』にある妖怪。

国書刊行会刊『森島中良集』から解説を引用する。

「世の中を楽にへまむし与入道、
 延越山(のしこしやま)にかくれて仙となる。
 彷彿たる其姿、身の毛も立〔た〕ず、恐ろしくも何ともなし。
 みこしぢに年をへまむしよ入道星の眼に物も夕月 深艸青人」

「ヘマムシヨ入道」は「へマムシ入道」とも呼ばれ、
「ヘマムシヨ」で顔「入道」で体を描く文字遊びの一種。

山に浮かび上がるような姿で描かれている。

「のしこしやま」は「陰嚢の隠語」。

「みこしぢ」は「見越し」と「越路(こしぢ)――北陸道の古語」、
「物も夕月」は「物も言う」と「夕月」の掛け合わせ言葉、
山を越える旅人がへまむし与入道に驚き、空には月が輝いている。

「ヘマムシヨ入道」を元にしたと思われる妖怪に「火間虫入道」がいる。
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2013年12月22日

とりあえず、画本纂怪興(リクエスト) しわん坊

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しわん坊(しわんぼう)

森島中良著『画本纂怪興(えほんさんがいきょう)』にある妖怪。

国書刊行会刊『森島中良集』から解説を引用する。

「いにしへしわんぼうといひし者、有財餓鬼道(うざいがきどう)に落。
 慾心の業火さかんに燃、爪は燈心となり、身の油は燈油(ともし)となる。
 「銭ほしや。金ほしや」と泣喚(なきさけ)ひしとぞ。
 されども其光り、貧女(ひんじょ)の一燈にはおとりしとなり。
 しわんぼうりん燭台を吹〔き〕けしてわが爪に火をとぼしてぞ出る 高砂浦風」

巨大な手がかまどから現れ、
その親指の爪に火が灯っている姿で描かれる。

「しわん坊」とは「けちんぼ」の事。

「有財餓鬼」は「欲深い人」の事で、
地獄の一つ「餓鬼道」と掛け合わされている事から、
欲深い人が落ちる地獄の事だろう。

「貧女の一燈」は、
「長者の万灯より貧女の一燈」ともいわれ、
長者が金に物をいわせた万の燈火よりも、
貧しくても心を込めた一燈の方が尊い、
という意味。

「りん燭台」は、
けちを意味する「りんしょく」と
「燭台」を掛け合わせた言葉。

けちな人がなる妖怪なのだろう。
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2013年12月21日

とりあえず、画本纂怪興(リクエスト) 藪にらみ

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藪にらみ(やぶにらみ)

森島中良著『画本纂怪興(えほんさんがいきょう)』にある妖怪。

国書刊行会刊『森島中良集』から解説を引用する。

「『五雑組』に曰、
 「麒麟戦ひ、日蝕する時、此怪物日合に出て拝をなす」
 おそろしき虎は千里の藪にらみ日月の目はいからかさねど 人並成貫」

家と家の間から見える、日を拝んでいる者が描かれている。

「藪にらみ」とは
「斜視」および「見当違いな見方」の事。

「五雑組」は中国明時代の随筆集。

「麒麟」は瑞獣の一つで、
如何なる生き物をも傷つけることがないという霊獣。

「虎は千里の藪にらみ」は、
「虎は千里の藪に住む――
虎は一日で千里を往復できるという動物で広大な藪に棲むことから、
才能ある人が活躍するには広い世界が必要で、狭い所に留まらない」
という意味のことわざに関係があると思われる。

狭い家と家の間に現れるこの妖怪は、
広い世界に出るべきなのだろうか。

「日月の目」は「太陽と月の様な目」、
「いから」は「いからす」から「相手を威圧する」、
「かさねど」は「重なる・繰り返す」と考えられる。

詩の意味は
「恐ろしい虎が千里の藪、つまり棲家から、ぎらぎらした目で睨み、威圧し続ける」
だろうか。
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2013年12月19日

とりあえず、画本纂怪興(リクエスト) 銭首

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銭首(ぜにくび)

森島中良著『画本纂怪興(えほんさんがいきょう)』にある妖怪。

国書刊行会刊『森島中良集』から解説を引用する。

「飛脚屋忠兵衛なるものゝ父孫右衛門、
 罪を侵したる子を助け、我身も其場を立退(たちのき)の下駄をさし、
 唐傘を履、「いといと怖し」と、きうろ玄に目をまはして空〔し〕くなる。
 其霊、銭首といふ者になりて、あわてたる人の襟をまつり入〔る〕となん。
 傘(からかさ)のろくろ首とは引かへて是はみじかきはした銭くび 地引長綱」

寛永通宝の頭をした者が、
唐傘に乗って手には棒に刺した下駄を持ち、
風に乗っている。

「飛脚屋忠兵衛」は人形浄瑠璃『冥土の飛脚』、通称『梅川忠兵衛』の登場人物で、
遊女「梅川」の身請け金として
預かっていた金に手を出してしまいお尋ね者となった者、
「孫右衛門」はその父で、
雨の中下駄の緒を切らして泥田へ転び、
それを「梅川」が正体を隠して介抱する場面がある。

孫右衛門は見かけぬ梅川を見て察し、
息子の事を思って嘆き悲しみ、梅川に金を渡す。

罪を侵してしまった「忠兵衛」は、
父の世間体を考え会うことが出来ずに声を殺して泣き、
梅川と共に逃げるが、
やがて二人は役人に捕まり、
父はその姿を目にして気を失ってしまったという。

その父親の想いが、この妖怪を生んだのだろう。
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2013年12月17日

とりあえず、画本纂怪興(リクエスト) 引込禿

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引込禿(ひきこみかぶろ)

森島中良著『画本纂怪興(えほんさんがいきょう)』にある妖怪。

国書刊行会刊『森島中良集』から解説を引用する。

「かぶろ菊の性すくすくと、塔に立〔ち〕、
 ずつしと立つたる其ありさま、姉女郎の目には、いとおそろしかるべし。
 八つの鐘つきだし頃に見ゆるなり夜は地色を引込禿 大屋裏住」

足元が見えないほどに伸びた女性の姿で描かれている。

遊郭に住む客も取らない少女を
「禿(かぶろ、かむろ)」といい、
将来大商人や武家の相手に出来そうな素質を持つ者は
「引込禿」と呼ばれ、華道や茶道などの教育を受けたという。

「かぶろ菊」は根の長い多年草「シュウメイギク」の事で、
「禿」と掛けてあると思われる。

シュウメイギクのようにずっしりと根を張る「引込禿」を、
先輩女郎は脅威に感じるだろう、
ということだろう。

「八つの鐘」は現在の午前二時頃、
「地色」は「女郎の愛人」の事で、
「引込禿」と「愛人を引き込み」を掛けているのだろうか。

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2013年12月16日

とりあえず、画本纂怪興(リクエスト) 箱入娘

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箱入娘(はこいりむすめ)

森島中良著『画本纂怪興(えほんさんがいきょう)』にある妖怪。

国書刊行会刊『森島中良集』から解説を引用する。

「対王丸(づしおうまる)が折琴姫(おりことひめ)の亡魂ならば、
 古葛篭に影を隠すべし。
 此唐櫃にこめたるは、陰陽師安部の保名に云号(いいなづけ)の
 信田の庄司が妹姫葛柴にてもありぬべし。
 芦屋道満にうらないすべし。
 出る出ると音には聞〔け〕ど今に見ぬましやうの物か箱入娘 伊勢のあは介」

巨大な葛篭から着物の裾が出ている姿で描かれている。

「箱入娘」は「外に出してもらえずに、家の中で大事に育てられた娘の事」。

「対王丸」は
説話『さんせう太夫』に登場する、
人買いによって親子離れ離れになっ少年で、主に「厨子王」と表記される。

「折琴姫」は
浄瑠璃『菊池大友姻袖鏡(きくちおおともこんれいそでかがみ)』に登場する姫であり、
彼女が入っている葛篭を家来が背負い、立ち回る場面がある。

「安部の保名」は、信田の狐を助けたその縁で結ばれ、
その生まれた子が「安部清明(あべのせいめい)」だといわれている人物。

「芦屋道満」は「安部保名」の兄弟弟子だといわれる陰陽師で、
「安部清明」と箱の中身が何であるかを占う勝負をしたことで知られる。

箱入娘にしすぎると、
本当に箱(葛篭)の中に入って出てこれなくなってしまう、という事だろうか。

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2013年12月15日

とりあえず、画本纂怪興(リクエスト) のたまく

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のたまく

森島中良著『画本纂怪興(えほんさんがいきょう)』にある妖怪。

国書刊行会刊『森島中良集』から解説を引用する。

「口より杜鵑(ほととぎす)を吐は、がんばり入道。
 是は口より反吐とぎすを吐。
 釘抜のかんばん入道ともいふべきものか、嗚呼こぢつけなるか。
 人が酒酒が酒のむさけがまた人をのんではのたまくとなる 少々道満」

橋の上から反吐を吐いている男の姿で描かれている。

「のたまく」は「泥酔した酔っ払い」の事。

「がんばり入道」は厠に現れるという妖怪で、
口からほととぎすを吹いている姿で描かれる。

「釘抜」には「芸子」、
「看板」は「終わりの時間」という意味もあることから、
飲み遊び疲れた男が吐いている姿を描いたものだろうか。
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2013年12月13日

とりあえず、画本纂怪興(リクエスト) 花車

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花車(くはしゃ)

森島中良著『画本纂怪興(えほんさんがいきょう)』にある妖怪。

国書刊行会刊『森島中良集』から解説を引用する。

「いにしへ三途川に堕落せし女衆口、 地獄のお迎〔へ〕が迷土の使(つかひ)しげゝれば、
 線香の煙にむせび、 二六時中が其間、身を切〔り〕くだく責苦に逢ふさま、
 語るもなみだなりけらし。
 せん香の細き煙を立〔ち〕かねて此世からなる花車のくるしみ 読人しらず」

いくつも並ぶ線香の様な長い棒の先が燃えている中を、
花魁道中をしているような姿で描かれている。

「花車」は「遊女屋で遊女などを監督する女の事」で
冥土の使いである「火車」と掛かっているようである

「衆口」は「多くの人の評判や噂」、
「二六時中」は「一日中」の事。

線香の燃え尽きる速さで時間を計る時計を「香時計」と呼び、
遊女屋でも使われていたという。

死しても、身を投げ売らなければならない遊女の悲劇を描いたものであろうか。
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2013年12月12日

とりあえず、アマビコ(リクエスト)

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アマビコ

全国各地に現れる妖怪で
「天彦」
「尼彦」
「天日子」と表記され
「尼彦入道(あまひこにゅうどう)」
「天彦入道」とも呼ばれる。

災厄を予言し、
回避策として自分の姿を写した物を
護符として貼っておくよう告げるといわれている。

護符に描かれた姿形は、
人魚のようであったり、
猿の頭に足が三本生えていたり様々であるが、
どれもどこか似ているように感じる。

同様の妖怪に
「件」
「神社姫」
「アマビエ」などがある。

「アマビエ」は
「アマビコ」の「コ」を「エ」と読み違えたものだともいわれており、
同じ妖怪だともいわれている。
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2013年12月10日

とりあえず、かたづら(リクエスト)

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かたづら

秋田県秋田市に伝わる顔が半分しかない妖怪。

「片面」と表記するのだろうか。

夜間の歩行者にその顔を見せて驚かすという。

驚き逃げた先で他の人に出会い、
このことを話すと「こんな顔だったかい」と、
半分しかない顔を見せて再度驚かすという、所謂「再度の怪」の一種である。

「再度の怪」で有名なのは、
顔のない妖怪「のっぺらぼう」であるが、
狐狸貉の類が化けたものといわれることが多い。

「かたづら」もそのような類だと考えられる。
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2013年12月09日

とりあえず、米子鬼(リクエスト)

米子鬼.jpg

米子鬼(よなごおに)

秋田県雄和町
――現在の秋田市雄和に伝わる、
口は耳まで裂け、目玉はぎょろりと見開いていたという
高尾山に棲む女の鬼で、
多くの眷属を従え、麓の村の子供を攫っていたといわれている。

正月十五日、丁度その辺りまで来ていた
「坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)」が騒ぎを聞きつけ、
高尾山の鬼退治へと出発した。

一本杉の横の井戸、水面近くの横穴が棲家で、
家来と共に突撃、
「鬼倒丸」という太刀で「米子鬼」の首を討ち取ると、
主を失った鬼たちは降参し、子供たちを村へと返すことが出来たという。

その後、戦死した家来たちを祀る神社「滝の宮神社」を建立したという。

また、鬼たちに苦手な物「タラの木」を聞き出し、
魔除けの呪いとして、
タラの木を二つに割り、
戸口に掛けるようになったといわれている。
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2013年12月07日

とりあえず、画本纂怪興(リクエスト) 痩我慢

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痩我慢(やせがまん)

森島中良著『画本纂怪興(えほんさんがいきょう)』にある妖怪。

国書刊行会刊『森島中良集』から解説を引用する。

「大名の火にくばりて死〔し〕たるが、 詫人と生れ来り、
 寒中に冷索麪(そうめん)、暑中に置炬燵、
 人のならぬ事をして見たがる。
 負嫌ひなる所こそ、前世の業を引〔く〕なるべし。
 くるしさは夏の炬燵のほのふよりむねにたへせぬやせがまんしん 判事由清」

「痩我慢」は「苦しいのを我慢して平気な顔をする事」、
「詫人」は「世を儚んでわびしく暮らす人」の意。

「大名が火にくばったよう」という諺は
「大名は火傷しても家来に手当てしてもらわないと何もできない」という事から
「苦しくてもどうしようも出来ない・無能」という意味である。

無能者と揶揄され、
謹んで生きるが、
我慢比べの様な事をして注目を浴びたがるのは、
前世の業が関係しているということだろうか。

この妖怪に憑かれると、
痩せ我慢してしまう性格になってしまうのだろうか。
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2013年12月05日

とりあえず、画本纂怪興(リクエスト) ぶら挑燈

ぶら挑燈.jpg

ぶら挑燈(ぶらてうちん)

森島中良著『画本纂怪興(えほんさんがいきょう)』にある妖怪。

国書刊行会刊『森島中良集』から解説を引用する。

「三囲の堤に出て、「待乳や待乳や」と呼。
 其声、今戸・端場の辺まで聞ゆ。
 世にいわゆる向嶋の化物とは異なり。
 三めぐりの鳥居の辺をぶらぶらとぶらでうちんは酒のしよいなり 二盈隠居(にえいいんきょ)有負」

「三囲」は「東京都墨田区に在る三囲神社」の事で、
「今戸」は現在の東京都台東区、隅田川西岸あたりで、
「向嶋」は東京都墨田区、隅田川東岸あたり。

「待乳や」は台東区浅草に「まっちやま」という小丘があり、
それと「待って」を掛けたものだろう。

「送り提灯」のようなものか。

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